風の便り

大学時代の友人が、今もあの場所で元気に、たくましく生きてる様子を知り、懐かしいさを感じ、嬉しい気持ちになりました。

http://sou-shi.com/#anchor01艸絲(ソウシ)




私が大学時代を過ごした、北国、山形。
高校生の時、進路を決める段階で、随分といろいろ悩んだ。
自分がやりたいことはなんなんだろう?
自分にできることってなんなんだろう?
そもそもわたしって、いったい何ができるんだろう?

勉強は、好きじゃなかった。
学校も、嫌いだった。

子供の頃は、なんだってできるって思ってた。

でも、少しずつ 少しずつ まるで真綿で首をしめられていくみたいに

だんだんと自分の可能性や存在価値みたいなものが

学校や社会の中で無言のうちに決められていき

自信がなくなっていきました。

「可能性」が狭められていく、徐々に自分の”生きていていいスペース”が削り取られていくような

そんな感覚で、中学、高校時代を過ごしていたように思います。
思い返すと、あの頃が一番苦しかったかも。

「自分で決めなさい」「あなたらしく生きなさい」と大人たちは言いますが
実際には対等に話せる大人はおらず、間違いを指摘されてばかり。

大人たちはわたしたち子供に”正しいこと”を教えようとしていたのだと思います。

でも私はとにかく、認めてもらいたいって思っていました。

とてもくるしくて、自分でも自分を認められませんでした。
今のままの自分ではだめなんだって、ずっとプレッシャーを感じていました。

自分らしさってなんだろうとか、自分ってなんなんだろうって、いろいろもがいて、模索して、結局進路として選んだのは、山形にある美術大学でした。

東京はなぜだか行きたいと思わなかった。
肌にあわないことを、無意識的に知っていたのだと思います。

山形の大学で、入った学科はプロダクトデザイン学科という、工業製品のデザインなんかを学ぶ学科で。

今になって、じゃあそこで何を学んだんだろう?って振り返ると、
正直、講義から学んだことって、ちっとも身についてなくて・・・・。

結局、自分で本当に興味があって、独学で、体で経験したことだけが身になっているって思います。
でも、デザインの面白さを知ったのも、大学にいったからこそ!

美大に行ってよかったなって思うのは、自分の中の“創造性“を否定せずにそれを今に“繋げる”ことができたこと。
(半分はモラトリアムだけど)
良い友人にもめぐりあいました。

東北を離れて、もう3年。
かつての友人たちとは、全く会う機会もありませんが、こんなふうに、遠くにいながら、彼女たちが彼女たちらしく、ものすごくたくましく生きている様子を風の便りに感じると、なんか元気がわいてくる!

自分らしさをこつこつと積み上げて、自分たちで生きていく場所を切り開いていっている彼女たちの姿は、いろんな人に勇気を与えてくれるかもしれないなって思います♪



追記
学生の時の懐かしい写真。

IMG_0022.jpg

学校の敷地内に植えられていた柿で、干し柿つくったことがありました。
当時から比べたら、自分はきっとすごく変わったって思っていたけれど
軸になってる部分は、あまり変わっていないのかもしれません。

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