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夏の畑

暑い日が続いていますが、皆様いかがおすごしですか。
島も毎日暑くて、ジッとしてるだけでも汗が流れてきます。
こう暑くっては、なんにもやる気が起きないけれど、畑の作物たちは元気です。
涼しくなった午後を見計らって、小道(というか、草ぼうぼうでほとんど獣道のようになってしまってますが。)を抜けて小さな畑に向かいます。
↓手前の木は柿です。
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あじっ。ピンボケた…。
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キーウィもこんなにもさもさに。(今年はがんばって剪定してみたんですが…何をどうしたら良かったのかしら…。)
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でもちゃんと生ってくれてるし、ま、いっか♪(・∀・)
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自己流自然農2年目の畑はこんな感じ。(本見てもあまり覚えられないし、なんか結局自己流になってしまいました。)
有機肥料もちょっと入ってるから、厳密には自然農っては言えないのかも。
お隣のおばあちゃんには「草だらけじゃない~。」と呆れられてますが。「いや、そういう農法なんです~。」(^_^;)と。ここら辺ではまだまだ、自然農(もどき)は理解されにくいみたいです。
でも、ここだったら周りに畑がないから、苦情も来ないし、好きにのびのび自己流自然農が楽しめます。
バイオダイナミック農法の種まきカレンダーは、今年も引き続き取り入れてます!

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今年の春先、新たに下の土地も畑にしました。(がんばった!!)
こっちの畑では、もう既にじゃがいもが初収穫できました♪
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甘みがあって、ほくほくして、とっても美味です♪品種は、たしか、出島だったような。
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草の中で、枝豆も元気。不思議と虫もほとんどつきません。これはそろそろ収穫です!
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四葉胡瓜
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沖縄の固定種、しまいんげん
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私にとっては夏に欠かせないズッキーニ☆
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気がつくとおっきくなりすぎてることもしばしば。
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キャベツだって、ちいさいけど、ちゃんとキャベツ。
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とうもろこしにとっては、ちょっと栄養が足りないみたいです。
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気がついたら咲いていた、ごぼうの花♪
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人参の花♪(なるべく自分で種をとりたいので、そのまんまにしてあります。)
人参が、こんなにきれいな花を咲かせるなんて、ちっとも知りませんでした。

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人参の花は虫たちのベッドになってます。
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イタリア人っぽいオサレなカメムシ。微妙な三角関係でせうか…。|д゚)
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そろそろみかん畑の草刈もしないとなんだけど、こう暑くては、なかなか手が出ません。
(誰か代わりにやって~~~。(T_T;))
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聴き取る力



ネットの中ですら、山本太郎氏へのネガティブキャンペーンは大きい。
人は、何が「真実」で、「偽物」なのか、本当はよく知っている。
その人を見ればわかる。声を聞けばわかる。
だけど、普段いろいろな「思惑」や「固定した思考」に、捕われていると、その「真実」と「非真実」を見分けることが難しくなります。
山本太郎氏ぐらい、思惑がない、「真実の人」を政治の世界に送り込むことは、ものすごいことだと思う。

(思惑がないというのは、個人的な野心(名誉欲)や私利私欲のために戦っているのではないということ。)

これまで通りの政治の世界からしたら、それはまったくの「脅威」。
メディアが彼の言葉を伝えなくても、ネット上のネガティブキャンペーンが激化しても、山本太郎氏の演説には、日に日聴衆が増えていきました。

今日はいよいよ投票日。
こないだ、東京のおばに電話して、太郎さんへの1票を託しました。
おば、といっても、祖母の妹なので、もうおばあちゃんだけど。

前回の選挙が終わったとき、ツイッターや、ブログでは、発言したり、「人に伝えること」をしていたつもりだったけど、現実の世界で(笑)面と向かって、いろんな人と「対話」して、自分の思ってること、自分が思ってる人のこと、知ってる情報を伝え、そして、相手が思ってることを聞き取ること、そういう日常の「対話」の大切さや重要性を感じました。

それは決して「対立」などではなくて。
「対話」。
決して相手を否定するのではなく、自分を“認めさせよう”とあがくのではなく。
水のように、風のように、緩やかで、穏やかなやり取りと、交換。

そういう“あり方”、習慣が、なんか、大切なんじゃないかと思うようになりました。

そういう“対話”のあり方を身に付け、実践していったら、いろんな人間関係も、ちょっと苦手だった人との会話も、気付けば、“なんてことない”ものになっていました。そして、そこに、喜びすらも、見いだせるようになりました。


ほとんどの人は、“話すこと”は得意だけど、“聞くこと”がへたくそ。


それも、“超”へたくそ。


いろんな“思惑”とか、“先入観”とか、そういうものをまずは置いといて、ただ、クリアーに相手を見て、話を聞いてみる。
だけど、なかなかできないかもしれません。
多くの人はまず、自分自身の“思惑”にすら、気づいてない場合が多いから。

人と「対話」するってことは、自分と「対話」するってことでもあると思う。
なんか、ここまで書くと、それって、ほとんど禅とか、ヨーガに近い(むしろ=イコール?)気がするけれど。
そういう気質や、習慣は、実は、多くの現代人が抱えてる悩みや苦しみの、本質的な解決に繋がっていると思います。

自分が、それを実際やってみて、ずっと続けてきたからこそ、言えるのですが、時間はかかるかもしれないけど、それが最も本質的で、確かな問題解決方法だと思います。

チャランケ!!(・∀・)


スタジオ ジブリ:小冊子『熱風』7月号特集 緊急PDF配信

これすごい!
スタジオジブリは、ある意味国家権力なんかよりずっと影響力大きいと思うのですよ。
やっぱりジブリは違いますね。(`・ω・´)そういえば、昔ジブリに入るのが夢でした。(ジブリ信者hiropan)

転載:スタジオ ジブリ

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『熱風』7月号の特集は「憲法改正」です。
この問題に対する意識の高さを反映したためか、7月号は多くのメディアで紹介され、編集部には「読んでみたい」というたくさんの問い合わせがありました。
しかし取扱書店では品切れのところが多く、入手は難しいようです。今回編集部では、このような状況を鑑みて、インターネットで、特集の原稿4本を全文緊急配信することに決定しました。
ダウンロードは無料、配信期間は8月20日18時までです。



http://www.ghibli.jp/docs/0718kenpo.pdf






観に行かねば。

「頭が2つある子供や無脳症の子供が生まれてる福島で」緑の党木村ゆういち氏

転載:KABASAWA YOUHEI BLOG
http://ameblo.jp/takumiuna/entry-11571992617.html

「南相馬市の方で福島で頭が2つある子供が生まれている。無脳症の子ども生まれてる。完全にこれはチェルノブイリの再来なんですね」

「西郷村というところでは昨年夏以降から奇形の子が生まれている。これがTVでやならい真実です。これを言う為に立候補したんです」(8分35秒~9分40秒)



参議院議員選挙に緑の党から立候補している木村ゆういち氏が九州電力本店前で行った演説動画です。木村さんは福島市から九州への避難者です。





自民党の改憲が進み言論の自由が奪われる状況になれば真実はますます伝わらない社会になるでしょう。

なんだか時代の変化を感じる!

もうすぐ選挙ですね~。
数年前は、政治にも全く興味を示さず、選挙もサボっていかなかったけど。
3・11以降、荒廃した日本の政治がひどく露呈されて、本気で、「これはヤバイ。もっとちゃんといろいろ知って、学んで、ちゃんと選挙も行かないと!」とあわてていろいろ勉強しはじめました。

とはいえ、やっぱり、これまで「勉強」なんて決して得意な方ではなく。
いきなりムヅカシイ単語やら数字が出てきて、めまいがしました。
それでも、飲み込まないといけない知識は山のように…。
若干フリーズ状態に陥りながらも、少しずつ少しずつ自分なりに噛み砕きながら、アンテナ張って、理解できる範囲で、理解してこうと。

完璧なんて無理だけら、もう等身代の理解で進んでくしかない!
開き直りつつ、かなり大まかで感覚任せな部分もありますが、それも継続には一つの大事な要素として(笑)

とりあえず、興味、関心をもって、わかんないなりにも調べたりしながら、意識を向けるのが大切だなぁと思っています。

確かに前回の選挙では、現実を知ったというか、「こんなもんなの日本て?!」と、多くの人が勉強して、努力して、願いを込めて投票したであろうたくさんの票が、大きな“何か”にあっけなく遮られてく虚しさみたいなものも知りました。

確かに、どちらに転がるかは、まだ決まってないかもしれない。
でも、悪くならない可能性,選択肢も、確かに残されてる。
私たち、多くの若者が望まない社会に、今の政治は確かに進もうとしてるけど。

一方で、それをなんとか食い止めたいっていう純粋な強い意思をもった人たちが、各地で声を挙げてくれています。

純粋なことを言うと、すぐ「政治はそんなに甘くない」とか、「こいつなんかの宗教じゃないか」とか
そんな歪んだこと言う人も確かにいるかもしれないけど。

今までの社会が、それ(不正とか、不正直さ、ずる賢さみたいなもの)を当たり前のように、どっか、「ないと世の中やっていけないよね。」みたいな感覚を、黙認してきてるから、今の荒廃があるわけで。

市民の側としては、そういうこともまず、自覚して、取り除いていかないといけないんじゃないかなって思うんです。

今の時代って、危機的ではあるけど、ある意味、知っていくと結構おもしろくて、世界的な動きひとつとっても、事実を知った市民の側の勢い、熱気が、確かに時代を変えていってるなっていうのを感じます。
(テレビだけの情報なら、伝わらないかもしれないけど…。)

こういう時代に居合わせたのなら、それをできる限り、掴んで、肌で感じられたら…。
そんな風に思っています。



注目してます!↓↓





「福島で起きている事の真実を隠したいと考える人たちの強い力があるように思えてなりません」渡部ミヨ子さん6/2つながろうフクシマ!さようなら原発集会(書き出し)

転載:みんな楽しくHappy♡がいい♪



you tube http://www.youtube.com/watch?v=WJ5yUAXDBl8&feature=youtu.be&t=56m10s


渡部ミヨ子さん(福島/農業者)

みなさんこんにちは。
脱原発の思いを胸にこの会場にお集まりいただいた皆さんに心より御礼を申し上げます。

私の尊敬する大江健三郎さんと落合恵子さんと同じ舞台で、
私の脱原発への思いを申し上げる事が出来ることを、私は一緒の宝だと思いました。
ほんとうにありがとうございます。

私は福島第一原発から25kmぐらいのところに住んでいました。
今は小学5年生の孫と私たち夫婦の3人で、田村市内の西側に住んでいます。
これまで全国のみなさん、そして世界中のみなさんからご支援いただき心から御礼申し上げます。

私は戦時中に、昭和17年に生まれました。
育ち盛りに周りの大人の人達が話す戦争の話は子どものころにも大きな衝撃でした。
そのころ、ヨーロッパのスイスが平和だったことも知りました。
私の心は平和なスイスの事を考えることで、いつも安らいでいました。

私が子育て中の頃に、大熊町に福島第一原発がつくられました。
周りの人達が沢山働きに行きました。
私は広島に落とされた、あのおそろしい原爆のことが頭をよぎりました。

しかし周りのほとんどの人達が私が聞いてもいないのに、
「絶対安全だ」
「事故は起きないんだ」
「ここには大きな地震は来ないんだ」と、口々に言っていました。
そしてすべてが原発のおかげで、生活が満たされるように思いこんでいました。

あの3月11日の大きな地震の後、原発が4基も爆発して、
広島に落とされた爆弾の何百倍もの放射能が飛び散らされてしまいました。
生まれた時から私たちを守ってくれた豊かな自然は
全て放射能という死の灰で汚されてしまったのです。

安心安全という真っ赤なウソと、少しばかりの豊かさに踊らされていた自分を悔み、
未来を担う子どもたちの空気を思い、
自分の目から流れる涙を抑えられませんでした。

国は始めから安心安全キャンペーンをやる一方で、
福島医大には膨大な予算があてられました。
復興予算、そして除染費用、毎日新聞やテレビのニュースでは、
福島県に充てられる予算の数字が大きな文字で写されていました。

いま県内各地に大手企業が入り、除染が行われています。
そして、手抜き除染の事を取り上げました。
水で洗い、土を剥ぎ、草木を倒して袋に詰め込むだけで、
私たちの地域が元通りに戻るわけがありません。

雨が降れば、大地の放射能は、川へ、そして海へ流れるのです。
汚染水のタンクが、汚染物の詰まった袋が、所狭しと増えるばかりです。

去年から帰ってよいとされる30km圏内の私たちの地域では、
山菜から、高いレベルの1万何千ベクレルというセシウムが検出されました。
しかし、帰っている年配の人達は知らずにそれを食べてしまうのです。

「福島で起きている事の真実を隠したい」と考える人たちの、強い力があるように思えてなりません。



先日総理大臣が、「我が国の世界一の技術を、原発を外国へ輸出する」と言っておられました。
福島の原発が世界一の技術であるならば、
世界中の原発は今すぐ止めなければいけないでしょう。

これをなぜ、世界中のどの国よりも放射能の恐ろしさを体験済みの筈の日本が、
外国へ輸出することが許されるのか。
それはまるで、「日本は歴史認識が無い」と隣国から言われた昔の戦争と同じになるのではないか。
後に責任を問われるのではないかととても心配です。

兵隊、戦場、戦略にとらわれ過ぎて、道を誤ってはいけないでしょう。

いま問われている事は、日本の使命は、
あの穏やかに美しく緑に輝く宇宙から見たこの地球を、われらの母なる星、地球を、
知性と愛情と調和で守ることにあると思うのです。
未来の日本が昔と同じ責任を問われないため、
原発のゴミと国の大きな借金で未来の日本が苦しむ事が無いように、
いま考えを新たにする時ではないでしょうか。

命を持って真実を明かし、福島の真実を語り、世界中の英知を結集し、
福島を日本をそして母なる地球を守っていきましょう。

七夕

過ぎちゃったけど、せっかく飾ったので載せておきます♪
うちの前が竹林なので、笹の調達にはこまりませんでした(^_^;)
夜は天の川もとってもよく見えましたよ☆☆☆


部屋も夏仕様にちょっとだけ、模様替え!(あんまり片付いてませんが。)
部屋と廊下を仕切るしょうじをとっぱらって、風通しは良くなったけど、部屋の外からの見晴らしも良くなりました。あんまり大胆に散らかせなくて、これはこれでいいのかも。(基本的に家の表を通るのは、宅急便くらいなもんですが。)

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あの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くない

中国地方すごい雨でしたね。
島も連日の豪雨雷突風で、ケータイの気象警報お知らせメールが頻繁に届いていました。

今、アルバイトでブルーベリーの選別に行っていますが、こんな天気ではブルーベリーも収穫できず、二日続けてお休みでした。
絵を描くのも、読書するのも、私は雨の日が一番はかどります。
なので、雨は大好きです。

ゆっくりできる時間ができたので、図書館で本を借りて今回はじっくり読書タイム。
この島の図書館、プラザ・エルがまたすごい良い図書館なんですね。
それで、親しい友人でもある図書館スタッフさんにおすすめしてもらって読んだ本が、こちら。

あの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くないあの人と一緒にいられる時間はもうそんなに長くない
(2013/06/07)
千田 琢哉

商品詳細を見る



part1:親と、一緒にいられる時間はもうそんなに長くない
part2:友と、一緒にいられる時間はもうそんなに長くない
part3:師と、一緒にいられる時間はもうそんなに長くない
part4:嫌な人と、一緒にいられる時間はもうそんなに長くない
part5:子と、一緒にいられる時間はもうそんなに長くない
part6:愛する人と、一緒にいられる時間はもうそんなに長くない

「いい人生というのは、過去が美しい記憶で満ち溢れていることだ。
今この瞬間は、次の瞬間にはもう過去になってる。」(p6)

「死に際をイメージすると、時間の意味が理解できる。
大好きな人との別れを幸せに迎えるためには、今この瞬間の蓄積を大切にすることだ。」(p7)





途中途中、唸りながら一気読みしてしまいました。
「ほんとにそうだな」
「あ、おんなじだー。」
共感できる言葉がいくつもありました。

多くの人は、普段、「明日自分が死ぬ」なんて思ってもいません。
だけど、もしも、近々死ぬとわかったら、どうするでしょう。
家族が、そして、自分自身が。
大急ぎで仕事を辞めて、家族と過ごす時間をつくる?
行きたいと思ってたところへ行く?

「何も変わらない。今のままで十分だわ。」
そう思える人って、どれくらいいるんでしょう?


私は、自分が暮らしてく中で、大事にしていることがあります。
それは明日死んでも絶対に悔いが残らない生き方をすること。

もしも明日死ぬって言われたら、今の私はこう思います。
「あぁ、よかった!できる限りのことをやっといて!」
ほんとにそう思うんです(笑)

親との関係をクリアできてよかった。
心から尊敬、信頼できるの親友がいてよかった。
心から、尊敬、信頼できる師に出会えてよかった。
嫌な人に出会えたことで、自分が成長できてよかった。

自分は明日死んでも悔やまないか?
そうやって問いかけながら生活してってみると、結構いいと思います。(・∀・)

この本おすすめです。





丸山祐一郎&はるちゃんコンサート 

先日、島のふれあい工房で開かれた、素敵なコンサートに行ってきました♪
がんちゃんが素晴らしい記事としてアップしてくださっているので、是非こちらもご覧になってください♪

がんちゃんのアップしてくれた動画をこちらでもシェアさせていただきたいと思います!


ほんと~~~~~に素敵でした。
こんなにいいコンサート聴いたの、いつぶりだったかな。
(あれ、記憶にないかも?)


長野を拠点に、年の半分以上を、演奏しながら旅して回っているという、旅する音楽家丸山祐一郎さん&はるちゃん。
その美しい生き方や、心が、音楽にも現れていると思いました。
聴いていて、幸せ感につつまれました。



彼らが旅をして、出会ってきたというモンゴルの子供達の笑顔に、できることならいつか私も会いに行ってみたい。
そう思いました。(待っててよモンゴル!!)

音楽を聴いていて、本当にいろいろな旅の景色が聞こえてくるようでした。

家に着いて、車を降りると、沖浦の家の周りは真っ暗で、見上げると満天の星空でした。
そして、家への坂を降り、玄関を開けると、月下美人という花のつぼみが大きくひらいていました。
辺りには、花の甘い香りが。

一息ついて、外に出て、星を見ながら散歩しました。

それで、詩を書きました。(実はこんなこともするんだな。)
このブログに詩を載せるのはなんとなく恥ずかしい(読者層が違うので)気がしてたのでどーしようかなと思ったんですが、丸山祐一郎さんや、はるちゃん、モンゴルの子供達、それと、愛する人たちに、届いたらいいなと思って。
恐れ多くも、丸山さんと、はるちゃんの音楽をBGMに、どうぞ(笑)


「かの花と月」


月のでない夜だった

空には星の砂のまたたき

旅人が運んできた風と音楽

ほんの少しの間

私達は共に歌を囲んで過ごし

それぞれの生きてきた道について語る


旅人は言う

死ぬときには この楽器だって 体だって持ってはいけないのだと

だから生きているうちは 様々な場所に行き 様々な人に出会い

様々な歌を歌うのだと

満足のいくメモリーをたくさん たくさん持って

満足のうちになら 楽に逝けると信じているのだと



月の出ない夜

人知れずに咲く花があるという

その花は 誰に知らせることもなく 咲いて

朝には枯れているのだという

その花は まるで夢のような香りと 姿をしているのだという

私は 愛について 考えずにはいられなくなる


本当に価値のあることは 目には見えない

真価とは 人の評価対象にはならないのだと 

かの人は言う

その花は まるでその かの人のようだと 私は思う

かの人は ただ静寂のうちに咲いているだけなのに

どうしてこんなにも 人を惹きつけて止まないのか


本当にそんな花が存在するのかと 昼間の喧騒の中で人が言う

そんなモノがなんの役にたつのかと言う

花であるならば 蜂や人に愛でられてこそ意味があるのだと言う

私はたったひとり 静かに旅に出る

真夜中の静寂の中で

あの白い星々だけが かの花の香りにうっとりと まばたきをする


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