We know that.

スポンサーサイト

生きるということ

生きるということは 自由になること

自分の世界を広げ 磨き 高め 届くところを知らないどこかに向かって 

常に歩んでいくということ


生きるということは 愛するということ

それは与えることであり そして同時に 受け取るということ

私達はいかなる時も 相互に 愛し 愛され 与え 受け取る

良い時も 良くはない時も

良いものも 良くはないものも

友人として

恋人として 

親子として

夫婦として


愛するということは 生きるということ

自分の 命を 生きるということ

誰かから与えられた決め事や 押し付けられた意図に沿うのではなく

自分の内側からやってきた真実に 目を見開き 耳を澄ませるということ


生きるということは 知るということ

わからないことが まだ 山ほどあるのだということを

認め 自覚するということ

どんなささやかな出来事や 小さな命を前にしてさえ

学びとる側に立ち続ける ということ


愛するということは 許すということ

相手をよくよく 理解しようと 努め続けるということ

人間は 変わるのだということを あなた自身が 理解すること

そして相手を 決して 変えようとはしないこと

その人の 過去に引きずられたイメージではなく

ただ 今 この瞬間のその人を 感じ 観つめるということ


愛するということは 愛するということ

ただ愛する ということを ひたすらに求め それを生きるということ

全てを包括している 大きな魂に 新鮮な生命の輝く息吹を 送り続けるということ


生きるということは 生きるということ

ただひたむきに その瞬間 瞬間を 愛し 生ききるということ

もう 決して戻ることを知らない時を 愛おしみ それを見失わないこと


生きるということは 愛するということ。

愛するということは 生きるということ。

DSCN3597.jpg




こどもの国

2012年の12月に書いた詩(のようなもの)です。
今でも大切にしている私の原点みたいな気づき。
ずっと得体の知れない不安や、自信のなさ、悲しみが影のように自分の心について離れなかった頃。
その原因をずーっと探っていて、みかん畑の真ん中で、みかんもぎしていた時にふっと、感じたことを書き連ねました。
このことを通じて、それまで目の前を覆っていた霧がゆっくりと晴れていったように感じました。
当時のブログに上げた詩と文章を再掲載します。


チロルとココロのコピー

感謝を込めて。




.。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+.。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+.。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+.。*゚+.*.。   ゚+..。*゚+



「こどもの国」



ずっとないがしろにし続けてきたものがある。
私のとても子供らしい要求。私らしい自然なあり方。

いちばん認められなくてかわいそうなもの。

大人になることを強いられた、とても純粋で優しい心。

許されることのなかった「ありのまま」

大人達は残酷にも土足で子供たちの聖域である純粋性の中に踏み入ってきて、それを「正義」の剣で切り壊していく。

ああ、なんという悲惨。そして破壊。そして神の国の崩壊。
そのとき子供は帰る家を失い、ひたすら社会(大人)の奴隷におかれる。

子供たちは規範、規律、社会的常識、道徳といった鎖に繋がれて、徐々に「大人の国」へと連れて行かれる。
そうして神の国は遠のいた。

そして多くの大人達が抱える苦しみ。
漠然とした不満。無力感。そして深刻な自分自身への不信感。

彼らは生きていながら、生きていない。
満足に与えられてこなかった無条件の「愛」。
埋まらない飢えと乾きをなんとか埋め合わせるために、バランスを欠いた心が今の社会をつくる。

そして、いったいいつから人間は真の自由を恐れるようになってしまったのだろう?

****************************************

私はずっと不安でした。

「立派な人間になりたい」

「もっと人から愛される人になりたい!」

それは私が育った中で、いつのまにか深く身についてしまった契約に似た願望であり、要求でした。

「立派な人」ほど、模範や規律を重んじます。
そして大人達も私にそうなることを望みました。

「人間として正しい生き方を」

大人達はいつも「立派」でしたし、いつも「かく在るべき」理想に燃えているようでした。

私はずっと不安でした。
そうならなければ、愛される資格がないと、彼らはいつも私に、無言で、そう言っているようでした。

そして私は知っていました。
本当は、彼ら自身が一番苦しんでいたのだということを。

私はいつの間にか自分を見失いました。
「かくあるべき」大人達の理想の檻に、気が付けば自分自身も捉われていたのです。
そしてその檻の中で、どうすれば「幸せ」になれるのかずっともがき苦しんでいました。

大人達は一見「幸せそう」に見えました。
「自分は社会に対して正しいことを行っている。」
そういった自信に満ち溢れているようでした。

だけど私は知っていました。
ある瞬間急に夜が来て、彼らは自ら、見えない苦しみの中に取り込まれていたことを。

そして私は確信しました。
彼らの「理想」が返って彼らを不幸にしているのだと。


今、私は彼らから遠く離れて、一人静かな海を見つめています。

空からいくすじもの光の線が降りてきて、海の表をきらきらと輝かせていました。
空は高く澄んで、雲が流れ、風が吹き渡ってゆきました。
木々は豊かに実り、山々も誇らしく胸を張っているようでした。

全てのものが、理由なき理由の中で、燦然とした輝きを放っていました。

そして唯一人間だけが、惨めにも、「自らが存在する理由」を探しもがいているようでした。

そして、私はその瞬間、自分自身を苦しめ続けてきた「不安」の根本的な原因は、「それ」だったのだと気が付きました。

そのとき、両の耳を塞いでいた全ての思考は止まり、この果てしないものと自分とが一つに繋がったように感じました。

そして遥かなる神々の唄は、世界中に響き渡っていたのです…!

それは音なき音であり、完全なる調和であり、壮大なるシンフォニーを奏でているようでした。

そして周りを見渡すと、全てのものがその唄に声をあわせて歌っているのです!
たった一音の狂いもなく。理由なき理由の中で、燦然と歌っているのです!

その声を聴いたとき、人間である私もそれに加わりたいと心の底から願いました。
自然は、すぐに私を仲間に入れてくれたようでした。
すると音なき音はより大きく高く、豊かに響き渡っていきました。
自然は、人間が一緒にその唄を歌うことを心から歓迎してくれているようでした。

「いちばん小さい音が、いちばん大きく聞こえる」
これは舞踏家ヤン・リーピンの言葉です。

人間は「思考」や「幻想」の檻の中に、自らを閉じ込め、世界を遮断します。
そしてわけも分からず、もがき苦しみます。

その苦しみを造っているのが、自分自身であることにも気が付かずに。

思考の檻の中では「願望」そして「欲望」が一番大きな音を占めます。
鳴り止まぬ騒音の中で、音なき音はいつも聞き取られる事なく静かに流れ続けているのです。

孤高の灯


ひとりでも 立っていられる人でいたいの
誰かに寄りかかるような人生は嫌
ある日突然その人が いなくならないとも限らないのに
誰かを支えるふりをして
自分の存在する価値を 確かめるような人にはなりたくない
自分で自分の価値くらい 認められる人でありたい

だってそうじゃなかったら 私はあの人に寄り添うこともできない

ひとりでも 平然といられる人でいたいの
不安や孤独を埋めあわせるために
誰かを利用するようなことはしたくない
「取替可能」な誰かとつるんで 
不毛な時間のつぶしあいをしてるより
あるべき時間の海の泳ぎ方を きちんと知ってる人でありたい

だってそうじゃなかったら 私はあなたから何かを奪ってしまうだろうから

ひとりでも 揺らぐことのない幸せを体現できる人でいたいの
多くの人は「幸せ」を「喜び」のことだと思っているけど
本当は違うのだということを 体で知ってる人でありたい
深くて静かなところから湧き出す泉を 決して枯れることのない源泉を
自分の内に掘り当てることができたなら 私たちはきっと世界の本当の意味を知るでしょう

だってそうじゃなかったら 私はあなたを真に愛することもできない

ひとりでも ひとりではないのだということを感じられる人でいたいの
生まれてきた時からずっと 傍で見守り続けてくれた人と存在に
きちんと感謝できる人でありたい
もしもあなたがいなければ きっと私はここにはいない
あなたが私に灯した炎が決して消えることのないように 

だってそうじゃなかったら きっと私は生きてはゆけない


PB130511.jpg















ほんとうのこと

P7143816.jpg

本当のことが書きたい

本当のことを話したい

だけど どうして

本当のことが書けない

ほんとうのことが話せない


「愛して」って言えない

「愛してる」ってちゃんと言えない


本当のことを言いたい

本当のことを知りたい

だけど どうして

本当のことを言えない

本当のことを知りたくない


本当のあなたを知りたい

本当のわたしを知ってほしい

だけど 言えない


「もっと知りたい」って言えない

「もっと知ってほしい」って言えない


それ以上 踏み込んでこないで

それ以上 近づいてこないで


だけど 本当は思ってる

「もっと踏み込んできて」

「もっと近づいてきて」

あなたから

本当のことを教えて

本当の世界のことを教えて